学校に行かなくても

生徒の成長

「あきらめない!」

紙に書き出した目標の横に、彼はそう書き加えたそうです。

彼が塾に通い始めたおよそ一年前、彼から感じる学習意欲は本当にわずかなものでした。学習の提案を受け入れないばかりか、はっきりとした意思表示をしようとはしませんでした。それ以前に、会話にあまり積極的ではありませんでしたし、表情には力がなく、視線はほとんど机に落ちたままでした。

しかし、今の彼は全く違う行動を取るようになりました。しっかりと目を見て話すようになりましたし、表情に力がこもるようにもなりました。「やります!」私たちの提案をよく受け入れるようになりましたし、難しい問題に挑戦してみようとするようにもなりました。

彼の行動が変化したのは、彼の心が変化したためです。

彼が入塾した当初、彼の心はとても深刻な状態でした。ただ圧力に動かされているだけ。動機づけ診断結果が示すのは、端的にはそういうことでした。彼の学習行動は、彼自身の意思や価値観にほとんど基づいていなかったのです。統制的動機づけが圧倒的に高く、自律的動機づけがとても低い状態でした。

学業成績のためにも、そして、心が健康であるためにも、自律的な動機づけが欠かせません。ですから、そんな彼の心が改善するよう、私たちは自律性支援に取り組みました。

当時の彼は、塾を休むことはあまりありませんでしたが、学校は休みがちでした。そのことと心の状態から推測できるのは、学校の統制環境が彼にとっては大きな精神的苦痛になっているということです。彼にとって学校は、行こうと思って行くところなのではなく、行かなければならないから苦痛を我慢して行くところなのだと思いました。

お母さまも一緒に自律性支援に取り組んでくださいました。お母さまは学校を休みがちなお子様に大きな不安を感じておられました。そのご不安からか、なんとか学校に行かせようと圧力をかけておられたとのことです。しかし、自律性支援に取り組まれるなかで、お母さまのお言葉は変わっていきました。

「以前は学校に行ってほしいと思ってたんですけど、今はそれほどは思わなくて、本人が休みたいならゆっくりしたらいいと思うようになりました。」

今、彼は以前よりも学校に通わなくなりました。その一方で、心の状態はどんどん改善しています。それは、最新の動機づけ診断結果にもはっきりと現れていますし、診断結果を見るまでもなく彼の行動の変化からも分かります。

先日の懇談会で、自宅での彼の近況について伺いました。ある日、塾から帰って入浴を済ませた彼がとてもニコニコしていたそうです。「めっちゃワクワクしてんねん!」そう言ったかと思うと、紙にばーっと何かを書き出したそうです。それは、彼の目標でした。そして、その紙の余白に大きく書き加えたそうです。「あきらめない!」と。

今後、彼が学校に行こうと思うようになるかどうかは分かりません。ただ、ひとつだけ確かに分かることがあります。それは、彼が彼の人生を素晴らしいものにしようと懸命に考えているということです。学校に行かないからと言って、学ぶことから逃げているわけではありません。彼は、彼が本当に納得できるやり方で学ぼうとしているのだと思います。

人類の始まりはおよそ700万年前と考えられています。私たち人類は700万年の間、過酷な環境を生き抜くために進化してきました。学ぶ力を発達させたのも、生き抜くためなのだと思います。ところが、今から150年ほどまえに近代的な学校制度が始まりました。突如として、これまでの環境とは全く違う環境で学ぶことを求められるようになったのです。

進化のスピードは社会の変化に比べてとてもゆっくりとしたものですから、私たちの脳はまだその変化に追従できていません。お子様が学校に行きたがらないとしても、それは異常なことではなく、むしろ自然なことなのかもしれません。それならば、無理に学校に行かせるよりも、本来の学ぶ力を発揮できる心を育てる方が良いのかもしれません。

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